横浜移籍1年目の沖縄キャンプの夜に「ハマの大魔神」が声を掛けてくれた(阿波野秀幸)

2022/08/06 00:26配信【日刊ゲンダイ】

チームでは絶対的な存在だった“大魔神”佐々木(C)日刊ゲンダイ チームでは絶対的な存在だった“大魔神”佐々木(C)日刊ゲンダイ

【昭和最後の伝説左腕 阿波野秀幸「細腕奮闘記」】#56

 横浜に移籍して1年目の沖縄・宜野湾キャンプ。

 最初の休日前夜、那覇の中心地の松山で投手会が行われた。ほとんどの球団でやることで、ルーキーや移籍選手の歓迎会を兼ねている。

 会場は大ぶりの牛タンを串で食べさせる店。私や新人は挨拶をし、飲んで食事をして歓談して……場は大いに盛り上がり、投手会はいったん、お開きになった。

 近鉄や巨人のキャンプ地は宮崎だったし、沖縄でキャンプをするのは初めて。親しい知り合いがいるわけでも、付き合いのある店があるわけでもなかった。食事会が終わって、さて、これからどうしようかというタイミングで声を掛けてくれたのが守護神の佐々木主浩だった。

「阿波野さん、これからどこに行くんですか? 知ってるところあるんですか?」

「いや……沖縄も知らないし、特には……」

「それなら、僕と一緒に行きませんか?」

 佐々木は当時プロ9年目。沖縄で世話になったり、一緒にゴルフをしたりするような知人や友人が多かった。佐々木と休日前夜に会うことを楽しみにしている後援者たちもいて、そこに一緒に行かせてもらうことになった。スナックのような場所で、飲んで騒いだ記憶がある。

 前年まで3年連続セーブ王を獲得。横浜の守護神を務め、「ハマの大魔神」とも言われていた。チームの中では絶対的な存在だっただけに、一緒に行きましょうと声を掛けてもらったことは、とにかくうれしかった。

■一気にチームに溶け込めた気がした

 もちろん、当時の横浜には仲間というか、知っている選手はいたけれども、会えば立ち話をする程度の関係でしかなかった。それだけに佐々木が声を掛けてくれたことで強力な味方を得たというか、一気にチームに溶け込めた気がした。それ以来、シーズン中も、一緒に食事をしたり、飲みに行ったり、佐々木とはグラウンド外でも付き合うようになった。

 とにかく、よく食べるし、よく飲む。日本で252セーブ、メジャーで129セーブ。日米両球界で抑えとして活躍した要因のひとつは、あれだけの体と馬力かもしれない。当時、遠征先で会う佐々木の友達がいて、彼らとも飲み食いをしたけれども、たいてい佐々木に潰された。といって、一方的に飲ませて、潰すわけではない。佐々木と一緒に飲んでいると、ついていけずに潰れてしまうのだ。

 ともすれば、「大魔神」の豪快なエピソードに尾ひれがついて出回りがちだが、佐々木の投げるボールや野球に対する取り組み方や考え方には驚かされた。 (つづく)

(阿波野秀幸/元プロ野球選手)


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