「木原事件」重要参考人が初告白、高市首相と靖国、熊本地震――元木昌彦が読む週刊誌
<今週の注目記事>
第1位「木原事件に新展開 重要参考人が初告白『木原誠二・元副長官の妻から前夫の怪死現場に呼び出された』」(「週刊文春」8月13・20日号)
第2位「『A級戦犯合祀に不快感』昭和天皇の肉声を記録した『富田朝彦宮内庁長官』の信念」(「週刊新潮」8月13・20日号)
第3位「熊本地震 イオンモール爆発 大竹玖瑠美さん(22)遺族が『これは人災です』」(「週刊文春」8月13・20日号)「熊本地震 修羅の人間模様」(「週刊新潮」8月13・20日号)
第4位「ヒールを履いて国会で座り込み 高市首相が隠したい『新進党イケイケ時代』」(「週刊新潮」8月13・20日号)
第5位「早大・慶大生の就職先1位『売上1500億円ベイカレント』の正体」(「週刊新潮」8月13・20日号)
第6位「悠仁さま、愛子さまのご結婚」(「週刊文春」8月13・20日号)
第7位「小室さん一家 消えた『プライベートジェット』帰国」(「週刊新潮」8月13・20日号)
第8位「結婚式“お祝い動画”は1本5万円 渡部建が明かす『2つの仕事』」(「週刊新潮」8月13・20日号)
第9位「インバウンド富裕層が殺到する『地方の知られざる名店』」(「週刊新潮」8月13・20日号)
第10位「トランプ関税とイラン戦争に次ぐ世界の危機『スーパーエルニーニョ』とは?」(「ニューズウィーク日本版」Web版08月07日(金)15時00分)
今週は夏休みの合併号。
文春が600円、新潮が560円、ポストが620円、現代が600円。しめて2380円。すき家の牛丼も値上がりして並盛480円だが、それでも5回近く食べられる。
そういえば、少年ジャンプの発行部数が100万部を割ったと報じられた。昔々はジャンプと少年マガジンを合わせて1000万部なんて時もあったな。
まあ、マンガはコミック化やドラマ化、映画化、キャラクタービジネスで稼げる。紙の雑誌は「おまけ」みたいなものだから、今のところ心配はないだろうが。
だが、マンガに依存し過ぎている講談社、小学館、集英社は、マンガがコケたら会社がコケる。右肩上がりに来たマンガの売り上げの伸びが止まったともいわれる。
出版社の未来は限りなく暗いのは間違いない。これから10年、20年後、マンガに代わる売れ筋が見つかるとは思えない。
出版社を志す若者よ、今一度立ち止まり、よ~く考えたほうがいい。
話はガラッと変わるが、サンデー毎日で青木理が、しんぶん赤旗日曜版で金平茂紀が絶賛している、熊本日日新聞が7月23日と24日付で報じた“本物のスクープ”を、他のメディアはほとんど報じないのには頭にくる。
陸上自衛隊中央情報隊の対外情報部門である「現地情報隊」が、国内の大学教授やNPO法人代表ら市民を対象に、「愛国心」「自衛隊に対する感情」といった思想信条だけではなく、「性的嗜好」「異性関係」「家庭環境」「婚姻歴」「身体的特徴」などまで組織的に調査・収集していると、元隊員たちへの取材や関係資料で分かったと報じたのだ。
熊本日日新聞は、こうした国内での情報収集活動について「明確な法的根拠がない」と報じている。一方、防衛省は防衛省設置法を根拠に挙げ、適法との立場を示している。
公安警察をウオッチしてきた青木にいわせると、同様の活動を全国で行ってきていたから、自衛隊もそれに倣ったので、「こうした活動に手を染めるのは治安機関とか情報機関、あるいは軍事組織なるものの本性」だという。
だが、こうしたことを、事実を持って裏付けし、内部文書まで入手する取材は困難を極めたに違いないと、青木は推察する。
取材チームの植木泰士記者は、
「政府は新たに『国家情報局』を設け、自衛隊などが収集した情報は今後は同局に集約される」「政府がインテリジェンス機能の強化を急ぐ今、情報機関を民主的に統制するための議論が急務と言える」
と書いている。
これからは、SNSに載せたコメントも収集されて分析され、「要注意人物」とみなされれば、尾行、盗聴までされる恐れもある。
平和ボケしている暇はない。高市首相を含めた自民党政権は、着々と国民を選別し、政府に盾突く人間をあぶり出し、戦前のように難癖をつけて逮捕、拘留する“制度”をつくり、完成させる直前まで来ている。
政府にべったりのNHK。ろくな政権批判もできない民放テレビ。自信を失って、遠慮しながら政権批判をする大手新聞社。週刊誌も文春を除いては、政権のスキャンダルには熱心ではない。
こうして「過ちを繰り返す」のが日本人なのだろう。嗚呼!
気を取り直して、最初はニューズウィーク日本版から。
クリスティーナ・ルー (フォーリン・ポリシー誌記者)がこう警告する。
《今、世界経済に影を落としているのは、中東情勢によるエネルギー価格の高騰や地政学的な混乱だけではない。世界では既にエルニーニョが始まっているのだ。
エルニーニョは、赤道付近の太平洋の海面水温が平年より高い状態が続く自然現象である。大量の熱が大気へ放出され、世界各地で降水量や気温が変化し、干ばつや豪雨などの異常気象を引き起こす。
ありふれた自然現象に思えるかもしれないが、影響は極めて深刻だ。過去のエルニーニョは世界経済に少なくとも数百億ドル、推計によっては数兆ドル規模の損失をもたらし、世界で数千万人が影響を受けたとみられる。
しかも今回は、観測史上最も強力なエルニーニョの1つになると予測されている。世界では2015年から観測史上最も暑い11年間が続いており、各国政府は警戒を強めている」
今年はフランスのパリで40度を超す猛暑日が連続発生した。
私は何度かパリへ行っている。最初は今から半世紀も前だった。日本では5月の連休中だったが、パリのエッフェル塔を見に行った時、雪が降ってきて驚いたことがあった。
それが40度を超す暑さで、町の美観からエアコンの室外機を外に置けないパリっ子は、慌てて室内用のクーラーを買ったというニュースを見たが、異常気象はパリの美観を変えることになるのだろう。
《今年のエルニーニョは勢力を強めており、冬にかけてピークを迎える見通しだ。米海洋大気局(NOAA)は、その勢力が4段階評価で最高の「非常に強い」レベルに達すると予測している。
NASAの食料安全保障・農業プログラム「NASAハーベスト」に参加している米メリーランド大学のブライアン・バーカー上級研究専門員によれば、この規模のエルニーニョは過去に4回しか発生していない。直近は2015~16年で、雨期を迎えるはずだったアフリカ南部とインドは深刻な干ばつに見舞われ、南米では各地で壊滅的な洪水が発生。多くの農家が生計を脅かされ、地域社会にも重い負担がのしかかった。》
クリスティーナ・ルーは、1997~98年のスーパーエルニーニョに匹敵する規模になれば、経済的損失は約6860億ドルに達するだろうとし、国際社会と各国の政策担当者が今すぐ行動を起こさなければ、損失は今後5年間で3兆1000億ドルに膨らむと考えられると警告する。
《ただし、エルニーニョは降水量を増やす地域もあれば、別の地域では農作物の収量を押し下げるため、世界全体としては、地域ごとの農作物の収量の増減がある程度、相殺される傾向が見られる。》
とはいえ、楽観は許されない。
米ピーターソン国際経済研究所(PIIE)のカレン・ヘンドリックス上級研究員はこう警告する。
《今回のエルニーニョは最悪のタイミングで到来している。各国はドナルド・トランプ米政権の関税政策と中東の戦争が重なった経済的打撃への対応に追われ、気候変動がもたらす新たな危機に手が回らない恐れがある。
「エネルギー価格の高騰や軍事費の増大への対応を迫られれば、新たな衝撃に備える財政余力がさらに削られてしまう」》
もはや「異常気象」ではない。日本でも毎年気温は上昇し、作物に大きなダメージを与えている。
異常気象を加速させている中国やアメリカを巻き込み、温暖化対策を30年以上早めて、取り組む必要があるはずだ。
このままいけば、世界は核兵器ではなく温暖化によって滅びかねない。
次は新潮から。金持ちインバウンドが行く「知られざる、否、彼らにはよく知られた地方の名店」を紹介している。
ガストロノミーツーリズム(Gastronomy Tourism)とは、その土地の気候風土が生んだ食材、伝統、歴史、調理法などによって育まれた「食」を楽しみ、その背景にある食文化に触れることを目的とした観光スタイルのことだそうだ。
食べるなら東京や京都の名店でいいと思うのだが、彼らは、そうではないという。
例えば、三重県の伊勢志摩国立公園の間崎島にある店「SUSHI YUTAKA ZEN」に行くには、まず名古屋から約2時間かけて賢島へ向かう。そこから定期船で10分揺られ、ようやく着く。
その店は1日1組限定。完全予約制のランチは一人150万円。ここがこれほど高いのはヘリコプターのチャーター代が140万円かかるからだそうだが、それにしてもそれだけの費用をかけても食べに来るインバウンドがいるのだ。
富山県南砺市利賀村の「L‘evo(レボォ)」というレストランは宿泊施設を持つが、1日3組限定だから宿の予約を取るのが大変だそうだ。
人口400人の村にあり、富山駅から車で1時間半かかる細い山道を行くそうだが、そこに1000人ものインバウンドが訪れるそうだ。
北海道・帯広市のとかち帯広空港から車で1時間、寂しい海に面したところにある「ELEZO ESPRIT(エレゾ・エスプリ)」はジビエを食べさせるそうだ。
三重県JR熊野市駅前には、お手軽価格の名居酒屋「食堂あお」がある。沖縄の今帰仁村にはフランス料理「6SIX(シス)」や那覇市には「島cuisine あーすん」などの名店があるという。
私などは聞いたことが一度もない店がほとんどだ、貧乏インバウンドは浅草や銀座へ行き、金持ちインバウンドは旅費と時間をかけて一食何百万のランチに舌鼓を打つ。
インバウンドにも「格差」があるのは当然だが、ここまでとは……。出るのはため息ばかりである。
さて、渡部建というタレントを憶えておいでか? 複数の女性と多目的トイレで行為に及んでいたことを文春にばらされて、テレビ界から消えた男である。妻は女優の佐々木希。
テレビ復帰はまだ叶わないが、結婚式のスピーチや企業向けの講演に引っ張りだこだと新潮が報じている。
ある時、友人の新郎から声をかけられ、恐る恐る披露宴に出ていき、スピーチを述べたら、
「会場の皆が笑ってくれたんです。僕は結婚する二人に幸せになってほしいから、当たり前のことを話しただけで。でも“オマエが言うな”って……」
そりゃそうだが、他の面識のないカップルの披露宴でスピーチすると、大いに盛り上がり、最後は温かい雰囲気に包まれたそうである。
渡部は、
「お笑いと同じ構造です。僕が冒頭で不祥事には触れずに“夫婦円満の秘訣は隠し事をしないこと”なんて言う。これがボケに相当するんです。そして笑っていただいた後、新郎新婦やご家族の素敵なエピソードを真摯に紹介します」
そのうち、1本、2分で5万円の「お祝い動画」を制作するようになり、多い月で30~40本もの注文があるという。
そうしている時、ある会社から研修の依頼を受け、コミュニケーション術などを披露したら評判になり、今では月3回ぐらい講演しているそうだ。
テレビへの復帰はまだ果たせていないが、今度出る時は、お笑い芸人ではなくコミュニケーション学の先生として出られるかもしれない。
さて、この国では愛子天皇待望論を潰した高市・麻生への“怨嗟の声”が日に日に高まりを見せているが、とっくの昔にアメリカへ逃避行した小室圭と眞子さんには、子どもが生まれ、子育てに忙しい日々を送り、そんな騒ぎには無縁だと思われている。
だが、新潮によれば、小室夫妻は昨春に1児をもうけ、現在は家族三人でコネチカット州に暮らしているが、最近、こんな動きがあったというのである。
《夫妻が渡米したのは2021年11月。最近では週末に自宅でホームパーティーを開くなど、間もなく5年を迎える米国生活は落ち着いてきたかに見えるのだが、夫妻の動静を知る事情通は、こう明かすのだ。
「最近、小室さん夫婦がひそかに帰国するプランが持ち上がり、実際に時期や手段などが検討されていたのです」
この事情通が続ける。
「お子さんが生まれてしばらくたってからご夫婦は、三人で帰国することを考え始めていました。とりわけ小室さんが積極的だったとも聞いています。お子さんが1歳を過ぎ、そろそろ飛行機にも乗れそうだとなった今春以降、計画は具体化していったのです」
とはいえ、移動に際してはいや応なく人目についてしまう夫婦である。
「そこで、以前からご夫婦をバックアップしてきた人たちの間から『プライベートジェットを利用してはどうですか』といった案が出ました。中には、実際にその手配を引き受けようとした人もいたといいます」(同)》
プライベートジェットとはスケールがすごい。いったいいくらするのか?
新潮によれば、日本からプライベートジェットでニューヨークまで往復する場合、「ANAビジネスジェット」のホームページによれば、13人乗り大型機を3日間利用で約6000万円から。また「JALビジネスアビエーション」では、同じく13人乗りで片道23万ドル(約3600万円)からとされている。
いずれにせよ、定期便のファーストクラスなど比べものにならない桁外れの価格である。
いったい誰がこのカネを負担するのだろう?
しかし、当然といえば当然だが、先の事情通によれば、
「こうした帰国案が内々に日本側、つまり宮内庁の関係者にも伝わったのですが、先方に難色を示されてしまった。その理由は、日本滞在中の三人のお世話をどうするのか、というものでした。一般人の家族とはいえ、眞子さんは次代のお世継ぎの姉でもあり、滞在中の無用なトラブルは絶対に避けねばならない。秋篠宮家に関係のある民間人も含めて検討がなされたのですが、今回はお世話が可能な人物、そして手段が見当たらなかったというのです」
このようにして「極秘帰国計画」は、いったん水泡に帰したというのである。立ち消えになったとはいえ、気になるのは、誰が帰国の手配を支援しようとしたのかだが?
新潮は、以前から名前の挙がっている鶏卵大手「イセ食品」の元会長、ノーベル物理学賞受賞者の眞鍋淑郎と信子夫人、鉄板焼き「BENIHANA」の青木恵子などがいるそうだが、これだけのカネをポーンと出せる人間はいないようだ。
第一、なぜ、普通の飛行機ではダメなのか?
私にはその理由が分からない。
まあ、小室圭が熱心だったというから、秋篠宮夫妻に目通りして、アメリカでの「信用」を強めたいという思いが強いのだろうが、そういう考え方を秋篠宮は一番嫌う。
まあ、まだまだ機は熟せずというところだろう。
眞子さんの妹の佳子さんは、今回の皇室典範改悪で、結婚も難しくなり、皇室を出ていくことさえ狭き門になりつつある。
姉は妹に、何かいい考えを授けたりしているのだろうか?
また、愛子さんの婿探しはさらに難しくなり、学習院の子どもの頃からの友人も候補に挙がっていると週刊誌は報じているが、様々な障壁を考えると、それでも愛子さんと結婚しようと決断できる男性はいるのだろうか?
文春も愛子さんと幼い頃からの友人であるAに注目している。
《七月十五日から二十四日にかけての那須でのご静養中、注目される場面があった。天皇皇后両陛下と一緒に訪れた那須どうぶつ王国で、幼馴染のAさんに、満面の笑みを浮かべる写真が「女性自身」に報じられたのだ。一体、彼はどんな人物なのか。
「Aさんは、愛子さまと学習院幼稚園以来のご学友です。国内最大手の造船企業の創業者一族で、父親はグループ会社の社長を務めている。母親同士の仲が良く、以前から那須でのご静養に招かれていました。愛子さまが不規則登校を余儀なくされた時期も、家族ぐるみで一緒に登山するなど“心の支え”になっていたようです」(学習院関係者)
初等科時代のAさんはメガネをかけ、“のび太君似”とも言われていたが、
「学習院中を卒業後、名門私立大の系列高を経て、そのまま大学に進学。現在はメガバンクのグループ会社に所属し、M&A関連業務に従事しています。見た目も小学生時代とは打って変わり、磯村勇斗似のイケメンになった。マリンスポーツで体を鍛え上げ、身長は百八十センチ超。筋トレ上級者の間で有名なスポーツジムに通ったり、ボルダリングやゴルフにハマっているようです」(同前)
愛子さまと共通の趣味もあるようだ。
「2人とも野球観戦や犬が好き。Aさんの趣味は海外旅行ですが、愛子さまも今後、海外公務が増えていくことが予想される。しかも、Aさんは恋人募集中を公言していました」(同前)
那須の地で愛子さまを弾けるような笑顔にさせたAさん。本人に話を聞いた。
――愛子さまと仲がいい?
「まぁ、そうっすね」
――大切な幼馴染の1人?
「そうっすね。そんなに普段あんまり会う機会もないですからね」
はにかみながら、そう応じるのだった。
「Aさんとは“友達関係”のようですが、こうした家柄や経歴であれば各所から歓迎されるはず。今後は信頼できるお付き合いの中から、両陛下の想いも踏まえ、ご結婚相手を選ばれるのではないでしょうか」(前出・宮内庁関係者)》
悠仁さんのほうはどうか。秋篠宮は大学時代に紀子さんと知り合い結婚したが、「大学時代に結婚相手を見つけないと、結婚は難しい」と漏らしたことがあった。
その点、筑波大学には多くの女性がいるし、部活にも女性がいるそうだから、結婚相手を見つける可能性はあるかもしれない。
だが、その女性には、「男の子を産まなくてはいけないという凄まじいプレッシャーがかかる」ことは想像に難くない。
そう考えると、結婚相手を見つけるのは、これまた大変かもしれない。
拙速に皇室典範を改悪した高市首相と麻生太郎副総裁の2人の“罪”は、2人の行く末をますます暗くしてしまったと思わざるを得ない。
私が会社に入ったのは1970年。その頃、一番人気のある企業はIBMだった。
noteの「昭和の『就職人気企業ランキング』変遷史」によると、安定成長期(1970年代)は「総合商社」の黄金期だったようだ。
人気企業の顔ぶれは、文系が三菱商事、三井物産、丸紅(文系は商社が上位を独占的に占める状況)。理系は日立製作所、東京芝浦電気、日本電気(NEC)。
バブル経済期(1980年代?昭和の終わり)は「超売り手市場」で、円高不況を乗り越えた日本は、地価と株価が異常高騰する「バブル経済」へと突入する。昭和が終わる1980年代後半、学生の人気は「実体のあるモノ(製造業)」から「マネー(金融・サービス)」へと急激にシフトしたという。
人気企業の顔ぶれは文系が東京海上火災保険、日本生命、第一勧業銀行、野村證券、全日本空輸(ANA)、JR各社(1987年民営化後)。理系は日本電気(NEC)、富士通、NTT(1985年民営化後)、ソニーだった。
しかし、いまどきの東大生を始め早稲田や慶應の学生がこぞって目指すといわれているのはコンサル業界だという。
「ベイカレント」という企業をご存じだろうか? 早稲田と慶應という私学の両雄の就職先“トップ”に輝く企業だそうだ。一体、どのような会社なのだろう。
ここ数年、人気を誇るコンサル企業だが、とりわけ目を惹くのが「アクセンチュア」「デロイト トーマツ」といった名だたる企業と肩を並べる「ベイカレント」だという。
新潮によれば、早稲田では「ベイカレント・コンサルティング」と合わせて2024年度に108人、25年に139人。慶應では23年度「ベイカレント・コンサルティング」が124人と、いずれもその年の“就職先1位”となっているそうである。
元日経新聞記者で、ニュースサイト「MyNewsJapan」編集長の渡邉正裕が、この会社をこう解説する。
「ベイカレントの前身は、1998年に神奈川県藤沢市で設立された〈有限会社ピーシーワークス〉です。当初はIT技術者を派遣する会社でした」
創業者は江口新。
「2006年に〈ベイカレント・コンサルティング〉に商号を変更しました。徐々に事業を拡大しコンサル業界で頭角を現していくのと時を同じくして、本社は都内の新宿、それから虎ノ門ヒルズへと移り、24年からは麻布台ヒルズにあります。26年入社の新卒は800人と、大変な人数を採用し、規模を拡大し続けています」(同)
ヒルズ渡り鳥か。
現在は持株会社「ベイカレント」の傘下に「ベイカレント・コンサルティング」「ベイカレント・テクノロジー」を抱える。今年2月期の売上は約1483億円で、利益率は国内ファームでトップに君臨しているという。
平均年齢は31歳。社員数は連結でおよそ7000人超という同社の好調ぶりは、次のエピソードから十分すぎるほど伝わってくる。
「虎ノ門ヒルズに本社があった頃は、そこのホールを借りて忘年会をやっていました。ところが最近の忘年会の会場は東京ドーム。昨年はCUTIE STREETという、レコード大賞新人賞をとったアイドルグループがゲストで参加していました。TRFのDJ KOOは忘年会の“レギュラーメンバー”だとか。家族の参加もオーケーで、1万人ほどがドームに集まりました」(ベイカレ関係者)
コンサル全盛時代とはいえ、ベイカレはどのようにして今日の地位を築いたのだろう?
「はっきりとベイカレントの勢いを感じ始めたのは5、6年前からでした。その頃、“アクセンチュアをやめてベイカレントに依頼する”というクライアントが一気に増えていたんです。理由は明快で、単純に価格差だと思います。アクセンチュアをはじめとした外資系コンサルの場合、一定の割合のロイヤルティを本社に納めなくてはなりません。この負担がバカにならず、単価の大幅な値下げが難しい。ベイカレントにはこの“上納金”がないので、他社よりも安く報酬を提示できるわけです」(さる大手コンサル社員)
なるほどわかりやすい。
他社の負担となっている上納金の不在は、別の恩恵ももたらしているという。
「ベイカレの初任給は600万円で、これは他のコンサル企業と比べても遜色ない。さらに、他社から中途で採用される場合には、100万円ほど高くなる感覚です。社員にここまで還元できるのも、他社のように本国の本社に納める上納金がないというのが大きな理由でしょう」(先の関係者)
初任給が600万円か? 私の頃は年収40万円そこそこだったなぁ。
ベイカレについて語る際、誰もがある特徴を強調するそうだ。それが営業力の強さだという。
「ベイカレントは“営業専門部隊”を擁していることで知られています。一般的に、コンサルティング会社では“アベイラブル”と呼ばれる手持ち無沙汰な人材が出てしまうものですが、ベイカレントは営業力のおかげで、次から次へと仕事をとってくる。アベイラブルが生まれる隙がないのです」(先の渡邉)
新潮によれば、早慶であればかなりの確率で入社できるというが、その多くがベイカレに入社するというわけではないそうだ。
だが、この会社の将来性はまだまだあると、『コンサルティングファームに入社したいと思ったら読む本』の著者の久留須親はいっている。
仕事は多少苦しくても、給料もいいし、将来、もっといいコンサルタント会社に就職できるかもしれない。
野心のある奴は行くべきだと思うが、10年、20年先にコンサルが学生の希望企業の上位にあるかは、わからない。
次は新潮の高市早苗が新進党にいたイケイケ時代を活写した特集から。
新進党などといっても、知っている人はほとんどいないだろう。
新進党は、1994年(平成6年)12月に結成され、1997年(平成9年)12月に解党した政党。1993年、38年間続いた自民党一党支配(55年体制)が崩壊し、細川護熙内閣による非自民連立政権が誕生したが、実態は小沢一郎のワンマン政党。
高市は無所属で初当選し、新進党結成に参加している。
高市はその当時から、「今の憲法はアメリカがつくったもの」「私自身は(戦争の)当事者とは言えない世代だから、反省なんかしていない」といいたい放題。彼女の原点である。
船田元・元経済企画庁長官は、高市が新進党時代、ピンクの口紅、化粧の派手さが苦手だったと話している。
あるベテラン議員に取り入って、デパートで買った高級バッグの請求書を回していたとも話す。
1996年3月に起きた住専国会を巡るピケ(妨害戦術)の際、高市はその先頭で、ヒールを履いた足をミニスカートから投げ出して、赤じゅうたんに座り込んだそうだ。
それもこれも、男の有力議員に自分を売り込みたいからのアピールだったのだろう。
その性根は、今も変わっていないと思う。
ところで7月28日の午後4時27分に発生した熊本地震は、マグニチュード7.1、最大震度7を記録した。
地震は対岸の火事ではない。首都直下型地震や南海トラフ地震が起きるといわれてから久しい。
地震大国ニッポンは、いつどこで起きても不思議はない。
当時、熊本にもインバウンドは多くいたのではないか。しかし、そうした人たちの声は、聞くことがない。
この国は大地震立国だと、世界に知られるのを国が恐れているからではないのか。
私は、この連休で海外に出る日本人が多いことは理解できるが、多くのインバウンドがこの国に来るのが、よくわからない。
首都圏でもし、大地震が起きたら? インバウンドも巻き込んだ未曽有の大災害になるのは間違いない。
しかし、この国は、地震が起きた時の飲料や食糧確保などは何度も繰り返すが、首都圏で起きた時の帰宅路の整備や首都高速道路の全面改修、火災で消防車や救急車が通れない道の拡張工事など、まだまだ不十分なところが多くある。
歴代首相たちも、住民がパニックを起こすことを危惧してか、具体的な大地震の際の被害を過少にしか発表していないのではないかと、私は疑っている。
いつか必ず来る、自分が住んでいるところの大地震。
今回の熊本大地震でも、イオンモール熊本の大爆発。日本製紙八代工場でも設備が崩落し、多くの大切な命が奪われてしまった。
当時、イオンモールには3000人がいたという。地震発生後、イオンモールにいた従業員らの素早い誘導で、ほとんどの人が屋外に避難した。
だが、テナント店舗「ハビタ」で働いていた大竹玖瑠美さん(22)は、会社から「売上金を金庫に入れてくれ」といわれ、館内に戻ったところ、地震によるLPガスの配管損傷と漏れが引き金となった可能性が高い大爆発で命を失ってしまった。
文春による取材で、イオンモールの設備や警備を下請けする企業に、不当ともいえるダンピングが行われていたことが明らかになり、イオン側の責任も問われている。
災害関連死も含めて8月1日時点で死者は36人。
酷暑の夏が生き残った被災者を襲う。いつもいうことだが、国はもっと迅速に支援活動をさせなければ、救える命が失われていく。
高市首相よ、口先だけでなく、やって見せろ!
さて、その高市が「イクイク」といっていた靖国神社参拝を8月15日に、口だけではなく本当に実行するのか。それとも「玉串料の奉納」でお茶を濁し、保守勢力をガッカリさせるのか。
そもそもこのように靖国参拝が注目されるようになったのは、靖国神社第6代宮司だった松平永芳が、1978年(昭和53年)10月17日、秋季例大祭の前日に密かにA級戦犯を合祀したからである。
それも合祀された事実はすぐには公表されず、翌年、新聞各紙が報じたことで世間に知られることになったのである。
このことに不快感を示した昭和天皇は、
「松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と 松平は平和に強い考(え)があったと思うのに 親の心子知らずと思っている だから私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ」
と語ったと、当時の宮内庁長官・富田朝彦が書き残した「富田メモ」を日経新聞がスクープしたのは、2006年7月20日であった。
それを巡って、「本当に昭和天皇はこのようなことをいったのか」「靖国へ参拝しなかったのは、それが理由なのか」など、様々な議論が巻き起こった。
しかし、昭和天皇をはじめ、上皇陛下も今上天皇も、一度も参拝していないことを見てみると、この言葉が真実だったと、私は考える。
読売新聞社会部に在籍していて、長官退任直後に富田をロング・インタビューした斉藤勝久が、富田という人物は信念の人だったと、新潮に寄稿している。
興味深い内容だが、詳しくは新潮を読んでいただくとして、斉藤は、富田という人物の人柄と、宮内庁が編纂した「昭和天皇実録」の第18に、「平成十八(2006)年には、富田長官のメモとされる資料について『日本経済新聞』(七月二十日付朝刊)が報道する」とわざわざ書き留めていることから、「富田メモ」の信ぴょう性は高いとしている。
高市は、これを読んで、どう考えるのか? 聞いてみたいものだ。
今週の第1位は、文春の執念ともいうべき木原誠二官房副長官(当時)の妻X子の「夫殺し疑惑」を告発し、16回にわたり連続追及をしてきた。その総決算というべきスクープである。
最後の報道からはや3年になるから、忘れている人もいるだろう。事件のあらましを紹介しておこう。
不審死した元夫とは、安田種雄(享年28)。雑誌のモデルとしても活躍していたX子と安田は、2002年5月に結婚し、2人の子宝にも恵まれた。
ところがその後、夫婦関係が悪化して、4年後の2006年春先には、X子は夫に離婚を求めるようになったが、安田は首を縦に振らなかったという。
事件が発覚したのは、2006年4月10日未明。深夜3時過ぎ、安田の父親が息子夫婦の住む一軒家を訪れたところ、2階で仰向けに倒れている息子を発見した。傍らには細長いナイフが置かれていた。
自宅の中にはX子がいたものの、「自殺の可能性が高い」とされ、捜査は一旦終結に向かったが12年後の2018年4月、事態は急展開を迎えた。
捜査資料を分析した警視庁大塚警察署の女性刑事らが、ナイフへの血の付き方などに着目。自殺にしては不自然だと指摘したのだ。
同年10月9日、捜査一課はX子の実家を家宅捜索。だが、取り調べを受けたX子は事件への関与を否認し、「わからない」「記憶にない」といった供述を繰り返した。
捜査員はX子と、彼女がクラブで働いていた時に知り合い、結婚した木原とも“面会”したものの、10月下旬になると、X子への聴取は突然幕を閉じたのだ。
文春は3年前、実際に捜査を手掛けた20人を超える捜査関係者を取材した。彼らの多くはこう無念の思いを吐露していたという。
「自民党議員の家族ということで捜査のハードルは上がり、より慎重になった」
ある捜査員は、「旦那が国会議員じゃなかったら、絶対逮捕くらいできるよな」と話し、臍を噛んだそうだ。
木原は、本妻のほかにも愛人がいて、子どもももうけていた。
木原から安田種雄の不審死を巡るX子の関与を聞かされたA子は、知人にこう明かしていた。
「家宅捜索が入ったって言っていました。全部、家と実家に」「『俺がいなくなったらすぐ連行される』って言ってました」「『離婚したら、奥さんがまた連行される可能性がある』っていう話になり」「『連行させればいいじゃん』って言ったら『子どももいるし、どうすんだ』みたいな話になって」
文春はX子の取調官を務めた警視庁捜査一課の佐藤誠元警部補の実名告白を掲載した。
同年7月13日、当時の露木康浩警察庁長官が会見で「証拠上、事件性が認められないと警視庁が明らかにしている」と発言したことに反論した。
「はっきり言うが、これは殺人事件だよ。当時から我々はホシ(犯人)を挙げるために全力で捜査に当たってきた。ところが、志半ばで中断させられたんだよ」
2018年10月の取り調べで、X子は聴取を終えると、警視庁本部庁舎からタクシーに乗って帰宅していたが、そこに木原が同乗することもあった。
捜査員がタクシーのドライブレコーダーを回収して分析すると、驚くべき発言が収められていたという。
「俺が手を回しておいたから心配すんな。刑事の話には乗るなよ」
佐藤がこう振り返る。
「『国会が始まれば捜査なんて終わる。刑事の問いかけには黙っておけ』と指示を出していたんだ」
一連の報道を受け、2023年10月、安田種雄の遺族らは被疑者不詳で殺人罪の告訴状を警視庁大塚署に提出し、1週間後に受理されたが、大塚署はわずか50日あまりで、「事件性は認められない」とする捜査結果を東京地検に送付した。
現在、事件の行方は検察の手に委ねられている。
つまり事件はまだ終わってはいないのだ。
今年の3月、安田の遺族が約1億円の損害賠償をX子に求める民事訴訟を起こし、X子側も弁護士をたてて係争中だという。
今号で文春は、事件当時X子と“親密”だったYの「告白」をついにスクープしたというのだ。
Yは安田種雄の友人で、X子が夫と離婚を巡りトラブっている時、X子に寄り添い、2人で逃避行までしていた。
だが、安田に発見され、X子は家へ戻されてしまった。
そして“事件”が起こる。
Yの話によると、2006年4月9日の夜9時ごろ、X子から携帯に電話がかかり、
「種雄君を刺しちゃった」
と歯の根をガタガタと震わせていったという。
Yは、「家に行く」といって、「家にある軍手とバスタオルを黒色のリュックに詰め、紺色のセダンに乗り込みました」(Y)
血を拭くためのタオルと、指紋が付かないようにするための軍手。ずいぶん手回しがいい、と思うのは私だけだろうか。
途中、逡巡しながらも深夜12時前後にX子の家に着く。1階と2階があり、X子は1階で待っていた。
X子はYにこういったという。
「種雄君から、『これで刺せるんだったら刺してみろ』と言われてナイフを握らされたの……」
Yは、
「ふと、彼女が着る淡色の長袖ニットの左肩に着いた血痕が目に付きました。
『血が付いているから着替えたほうがいい』と伝え、一人で階段を上りました」(Y)
安田は上半身血だらけだったとYは証言しているが、それにしては血の付き方が少ないように思うのだが。
刺したのはラジコンの改造に使っていた30cmくらいのカッターナイフだった。柄に両面テープが巻き付けられていたので、彼女の指紋が付いていると思い、テープを剥がし、丸めてポケットに入れたそうだ(帰る途中で捨てた)。
1階に戻る途中で階段に血痕が見えたので、持参したバスタオルで拭き取った。
明らかな証拠隠滅、犯罪行為であるが、それほどまでにX子を守りたいという気持ちが強かったのであろう。
YはX子に、「朝起きたら死んでいたという筋書きで救急車を呼べ」「何も知らなかったといえ」と念を押した。
その後、X子の部屋にいって「束の間、彼女と抱き合ったのです」というから2人ともいい度胸である。
何事かあったと気づいた安田の父親が上がってきて息子の死体を発見。うろたえて警察に通報している途中で、Yは家を抜け出し、車で自宅に戻った。
これが当夜のYの証言のあらましである。
“共犯”といってもいいほどの協力ぶりである。
その後、“事件”から17日後に、Yは覚醒剤取締法違反で逮捕される。
X子は何度も面会に来てくれたという。手紙も多くよこした。その間、Yは出所したらX子と結婚すると思っていたそうである。
だが、3年後に出所すると、彼女は心変わりしていた。
X子から別れを切り出され、あの事件で「俺も罪を犯した」と告げると、X子は「分かってる」といったそうだ。そのやりとりをICレコーダーに録音したというと、X子は、次々なじみの店にYを連れまわし、酒に強いはずのYはなぜか前後不覚になり、目を覚ますとラブホにいて、レコーダーはなくなっていた。
自暴自棄になったYは、また覚醒剤に手を出し逮捕された。
その間にX子はキャバレーから銀座のホステスになり、2005年の「郵政選挙」で初当選した木原議員と知り合い、深い仲になっていく。
2014年11月に木原と再婚。木原は着実に「権力者への階」を上っていった。
だが、事件から12年が経過した頃に、複数の刑事が訪ねてきた。Yへの事情聴取は30回前後に上ったという。
だが、捜査は突然、“不自然”な形で幕を閉じる。木原の権力の前に、警察がひれ伏したのではないか。
この事件が起きた2006年当時、殺人罪の公訴時効は25年だった。その後、2010年の法改正で殺人罪の公訴時効が廃止され、改正時に時効が完成していなかったこの事件にも新制度が適用されるため、現在、公訴時効はない。
また、民事で、安田の遺族側が損害賠償を求める裁判を起こしているから、こちらでも事件のことが焦点になる。
さらに、木原側の代理人は、名誉毀損で文春を提訴したといっている。
これが事実なら、裁判の過程で、木原側と文春側が「怪死事件」の真偽を争うことになる。
安田種雄が自殺したとは考えにくい。X子が夫と離婚をめぐり言い争い、何かのはずみでX子が夫を刺した可能性は十分あると思う。
だが、そこに明確な殺意があったかどうか? 事件当時、X子が捜査側に正直に話していれば、殺意の有無を含め、違った刑事責任の判断がなされた可能性もあったのではないか。
だが、Yが証拠品のナイフの柄に巻き付いていたテープを剥がし、血を拭き取るなど「証拠隠滅」を図ることをやったため、X子が「事故だった」といっても、捜査側が納得しなかっただろう。
だが、それにしても、捜査側が「事件性を認められない」と判断したのはなぜなのだろう? 少なくとも、Yについては証拠隠滅容疑を問えなかったのだろうか。
捜査が再開されたのに、突然、ストップがかかったのは、木原側の圧力か、捜査側の「権力側への配慮」だったのかは、それに続く大きな焦点である。
松本人志の「女性上納事件」のように、訴訟を起こした松本が訴訟を引っ込め、事件の真偽がうやむやにならないように、木原側は性根を据えて裁判を闘ってほしいと思う。
(文中一部敬称略)
(文=元木昌彦)
