「僕、音楽詳しいから」とPA卓に突入! “SSWおじさん”という言葉が映す女性アーティストとファンの「距離感」
「応援しているだけ」「良かれと思ってアドバイスしただけ」――。
ファンに悪意はなくても、その言葉や振る舞いが、アーティストにとって負担になることがある。とりわけ小規模なライブハウスでは、ステージと客席の距離が近く、終演後には演者と直接話せることも珍しくない。
親密なファンと「距離感を間違える客」を分ける境界線はどこにあるのか? 女性アーティストを取り巻くライブハウスの構造と、そこに潜む問題を専門家に聞いた。
「善意のアドバイス」が迷惑行為に変わるとき
「この時代だからこそ、あえて言いたい。戦争反対!」
東京のとある地下のライブハウス。ステージで女性アーティストがそう叫ぶと、客席から「うぉー!」という歓声が上がった。その一方で、「かわいい!」や「そんなこと言っていいの??」といった男性客からの野次も飛んだ。それ、今言うべきではない。
女性アーティストのライブに足を運ぶと、客席の大半を中高年男性が占めている――。そんな光景を目にしたことがある人もいるだろう。
演奏そのものを楽しむのであれば、それ自体に何の問題もない。しかし、MC中に必要以上に野次を飛ばしたり、演奏後の物販コーナーで上から目線のアドバイスをしたり、アーティストとの距離を一方的に縮めようとしたりする客もいる。
こうした観客の振る舞いをめぐって議論を呼んだのが、女性2人組のロックバンド、羊文学のライブだ。今年1月、ファンクラブ限定ライブで、客席の男性から「結婚して!」との声が上がった。当日から翌日にかけてXでは、現場に居合わせた観客とみられるユーザーから、この発言に違和感を示す投稿が相次いだ。
こうした問題は、単なる「客のマナー」で片付けられるものなのか?
シンガーソングライターとして活動しながら、大阪大学大学院博士後期課程でポピュラー音楽やジェンダー論を研究する星川彩氏は、「ある程度は、その空間における構造的な問題として考えるべきだと思っています」と語る。
「もちろん、個人のリテラシーの問題もあります。ただ、パフォーマンス空間で主に男性が若い女性にマンスプレイニングをする現象は、音楽だけの話ではありません。美術の世界でも、若い女性アーティストに近づいて作品について教えたがる“ギャラリーおじさん”のような存在が指摘されてきました」(以下、「」内は星川氏のコメント)
なぜライブハウスには中高年男性が多いのか?
最近は、音楽を学ぶ女性に知識をひけらかしたり、頼まれてもいない助言をしたりする、いわゆる「音大おじさん」も話題になっている。なかでもライブハウスには、特有の歴史があるという。
「ライブハウスの歴史をたどると、演奏する主体として男性が中心的な位置を占めてきたことは無視できません。ただ最初から“男性のロックミュージシャンのための場所”だったという単純な話でもないんですよね。その前史にあたる音楽空間にも、当然ながら女性は演奏者や観客として存在していましたが、そこで与えられる役割や評価には男女差がありました。現在の女性ミュージシャンをめぐる問題を考えるうえでも、誰が『音楽をする主体』として自然に想定されてきたのかという歴史を無視できないと思います」
いまでは性別を問わず、多くのミュージシャンがライブハウスで活動している。それでも、長年にわたって形成されてきた文化は、そこに集まる観客の顔ぶれにも少なからず影響を残しているようだ。
「Zeppのような1000人規模以上の会場であれば話は別ですが、数十人から数百人程度のライブハウスに足を運ぶ観客の層はある程度固定される傾向にあります。青春時代にバンドブームを経験したり、自分自身も音楽をやっていたりした方が、今は聴き手に回っているケースも多い」
もちろん、中高年男性が客席に多いこと自体が悪いわけではない。しかし、そうした小規模ライブの現場で、しばしば語られるのが、いわゆる「SSW(シンガーソングライター)おじさん」の存在だ。
これは前出の「ギャラリーおじさん」や「音大おじさん」と同様に、「もっとこうしたほうがいい」と頼まれてもいない助言をしたり、指導者のように振る舞ったりする男性客を指す。
星川氏は「SSWおじさん」という呼称自体が、年齢や性別によって人を一括りにする差別的なニュアンスを含みうる点には注意が必要だとしたうえで、その言葉が女性演者によって、セクシュアルハラスメントや音楽活動への過剰な介入を告発するために用いられてきたことにも注目する。
「以前、女性シンガーソングライターのファンだった方で、自分自身も“SSWおじさん”のようなことをしていたという男性に話を聞いたことがあります。その方は、ライブで写真を撮る行為について、“撮影という創造的な行為を通じて、アーティストの創作に自分も介入しているのではないか”と話していました」
演奏へのアドバイスにも、似た心理が働く場合があるという。
「マンスプレイニングは、上から目線で何かを説明する行為ですが、表面的には“アドバイス”ですよね。そのアドバイスを通して、相手の創造行為のなかに自分も入りたいという欲望がある場合もあると思います」
SSWおじさんが“教えたがる”理由
こうした問題は、ライブハウス界隈でも話題になっている。プロインタビュアーの吉田豪氏は、自身が出演する配信番組で、ライブ中にPA卓へ入り込み、勝手に機材を操作した男性客のエピソードを紹介。スタッフから注意されると、男性は『いや、僕、音楽詳しいから』と答えたという。
「ぱっと見れば、ただの迷惑客ですよね(笑)。でも、“自分は音楽を分かっている”という自負を使って、創造行為に参加したいという気持ちがあると考えると、また違う側面が見えてきます」
厄介なのは、こうした振る舞いが必ずしも相手を困らせようという意図から生まれるわけではないことだ。
「指摘することって、気持ちいいんですよ……(笑)。私も大学院で後輩の論文を読んで、“こうした方がいいんじゃない”と言うとき、心のどこかで役に立てている自分が気持ちよくなっていることはあります。そこにはマウントの快感もある。そして、若い女性に対して“教えてあげられる自分”という立場は、優越感を感じやすいのではと思います」
では、なぜアーティスト側は、迷惑な客に対して「やめてください」と強く言えないのか? そこにはライブハウス特有の経済事情も絡んでいる。
「最近は減っていますが、ライブハウスにはチケットノルマ制があります。例えば3000円のチケットを10枚売るノルマがあって、9人しか呼べなかったら、残りひとり分は自腹になる。そうすると、ひとりのお客さんが来てくれることがすごく重要になるんです」
ライブ当日に「行く」と言っていた客が来ないことも珍しくない。集客に苦労する出演者ほど、一人ひとりの客を失いたくないという心理が働く。
「これは、『SSWおじさん』という言葉の重要性を指摘していたSSWの大石理乃さんも話していたことですが、演者は『今の発言、ちょっと嫌だな』と思っても、貴重なお客さんだから強く出られない。それに、経済的な理由だけではなく、単純にお客さんがいるほうが嬉しいんですよ。0人より20人、30人の前で演奏したほうが、ミュージシャンとしてやりがいを感じる。だからこそ、境界線を引くのが難しくなるんです」
さらに、ライブ後の物販やチェキ、写真撮影など、演者とファンが直接交流する仕組みもある。そこでは音楽だけでなく、「演者自身の魅力」を“商品”として提示することも求められる。
「女性性を売りにしたくない人もいれば、“かわいいことも自分の魅力のひとつとして楽しんでもらいたい”という人もいる。そこはグラデーションです。ただ、結果として男性客との関係が複雑になる場合はあります。一方だけが全部悪いという単純な話ではなく、状況そのものが複雑化しやすいんです」
SNSで加速する「自分はこの人とつながっている」
かつて、ファンとアーティストが接触する場所はライブ会場が中心だった。現在は、SNSや配信を通じて、ライブのない日にもアーティストの日常に触れられる。
「SNSで『今日はこんなことをしている』という日常的な投稿まで頻繁に見られることで、以前より“自分はこの人とつながっている”という感覚を持ちやすくなりました。しかもライブハウスに行けば、実際に本人と話せる。その組み合わせが、いわゆる“距離感のバグ”につながることは十分に考えられます」
小さなライブハウスでは、ライブを終えた演者がそのまま客席へ降り、隣で酒を飲むことさえある。
「それこそがライブハウスの醍醐味でもあります。ただ、会場が小さく、人が少なくなるほど、アーティストとの間にどんな親密さを築いていいのかを誤る人も出てくる。なにか嫌なことが起きても周囲の目が少ないので、問題がブラックボックス化しやすいんです」
距離の近さがライブハウスの魅力である一方で、その近さゆえに境界線が曖昧になりやすい。では、女性アーティストが安心して活動できる環境をつくるには、どうすればいいのか?
星川氏がひとつの例として挙げるのが、クラブイベントで行われているハラスメント対策だ。
「ポピュラー音楽とジェンダーの問題について論じているアリス・ローラン=カメナ氏/中條千晴氏の調査によると、一部のクラブイベントではジェンダー暴力を防止するためのポスターなどが掲示される場合もあるそうです。そこにもさまざまな問題が含まれているのですが、“なにかあったら主催者が対応します”という姿勢を示すだけでも、かなり抑止力になると思います。ライブハウスでも、まずそこから始めていいのではないでしょうか」
もうひとつ重要なのが、演者を孤立させないことだという。
「ひとりで活動している人ほど、嫌なことがあっても誰にも相談できない状態になりやすい。出演者同士でも、お店の人でもいい。“あのお客さんちょっとしんどいんだけど”と、ぽろっと言える相手がいるだけで違います。『なにかあったときに助けてくれるかもしれない』と思えるコミュニティが必要なんです」
アーティストとファンの距離が近いことは、ライブハウスの大きな魅力だ。しかし、親密さと無遠慮さは同じではない。
「仲のいいお客さんなら、“今日全然ダメだったな”と言われても笑って済ませられることはあります。でも、それは関係性があるから成立することです。お互いにとって一番いい距離感を調整できるコミュニティや習慣が、これからもっと育っていけばいいと思います」
「善意だから」「ファンだから」という言葉だけで、越えてはいけないラインがなくなるわけではない。演者と観客の距離が近いライブハウスだからこそ、その親密さを魅力として残しながら、どこに境界線を引き、その線を誰がどう守るのかが問われている。
(取材・文=ゼロ次郎)
